物語 01
正岡子規が松山へ運んだベースボール
東京でベースボールに出会った正岡子規は、郷里の松山にバットとボールを持ち帰り、松山中学の生徒らに教えたと伝えられています。幼名の「升(のぼる)」にちなみ、「野球(の・ぼうる)」という雅号も用いました。打者、走者、四球、直球、飛球などの訳語や、野球を題材にした俳句・短歌を通じて普及に貢献し、2002年に野球殿堂入りしています。
園内で探すもの
JR市坪駅の近くには、正岡子規の野球殿堂入りを記念する碑があります。

松山と野球
文学の町で育ったベースボールの言葉、地域が守った野球文化、海を越えた指導者の足跡。知るほどに、球場の風景が深くなります。
野球文化の入口
坊っちゃんスタジアムは試合を行うだけの場所ではありません。園内の名前、記念碑、資料館の展示をたどると、明治から現代へ続く松山の野球文化が見えてきます。
物語 01
東京でベースボールに出会った正岡子規は、郷里の松山にバットとボールを持ち帰り、松山中学の生徒らに教えたと伝えられています。幼名の「升(のぼる)」にちなみ、「野球(の・ぼうる)」という雅号も用いました。打者、走者、四球、直球、飛球などの訳語や、野球を題材にした俳句・短歌を通じて普及に貢献し、2002年に野球殿堂入りしています。
園内で探すもの
JR市坪駅の近くには、正岡子規の野球殿堂入りを記念する碑があります。
物語 02
球場名は、松山を舞台にした夏目漱石の小説『坊っちゃん』に由来します。園内には「マドンナスタジアム」や「の・ボールミュージアム」もあり、文学の町・松山らしい名称がスポーツ施設の風景に溶け込んでいます。
名前の連なり
「坊っちゃん」「マドンナ」「の・ボール」という名称に、文学の町らしい遊び心が表れています。
物語 03
愛媛は高校野球をはじめ、長く地域の野球文化を育んできました。資料館では明治から現代までの年表、県内高校の歩み、名勝負の映像、県出身選手やプロ野球に関する資料を通して、その厚みを知ることができます。
物語 04
松山出身の野球指導者・近藤兵太郎は、日本だけでなく台湾の野球発展にも大きく寄与しました。園内には顕彰モニュメントがあり、資料館には功績を紹介する展示コーナーが設けられています。松山の地域史が海を越えて広がる、重要な物語です。
海を越える地域史
松山と台湾を結ぶ野球史は、この公園を海外から訪れる人にも特別な場所にしています。
物語 05
坊っちゃんスタジアムでは2002年、2012年、2022年にプロ野球オールスターゲームが開催されました。資料館の記念展では、地方球場で繰り返し「夢の球宴」を迎えた松山の熱気をたどれます。
写真:Carpawa/パブリックドメイン物語の続きを館内で
坊っちゃんスタジアム正面にある無料の野球歴史資料館。正岡子規、愛媛の高校野球、近藤兵太郎、プロ野球、秋季キャンプなど、多層的な展示を一つの流れで見られます。
現地でたどる
市坪駅の記念碑から球場正面、資料館、マドンナスタジアム、武道館へ。物語と建築を一つの散策にまとめられます。

公園を歩く
テーマ別のモデルコースから、訪問時間と巡る順番を決められます。